自己紹介

上顎洞がん治療中の方々の一日も早いご快復を心からお祈りします。 私は2001年(当時47歳)左上顎がんのため、抗がん剤治療と放射線治療に加えて、手術で左上顎骨と左首のリンパ節と周辺の筋肉を取りました。 上あごの左側3分の1ほどと左上の歯がありませんので、上あごをおおう顎義歯を使っています。 左の眼球の下の骨も取りましたので、代わりに眼球の下にチタンメッシュが入っています。

2023/04/25

余計な心配はしないこと

 モーリス・バーバネルが言っているように、
先のことについての心配ごとや悩みや取越し苦労があると、
それが健康を害するもとになりますし、
たいがいは予想しないことが起こりますし、
心配や悩みは何の役にも立ちません。

船戸崇史・著『がんが消えていく生き方』には、
精神面の特性として、
必要以上にがんを恐れる人が再発しやすい、
と書いてあります。

こういったことは何故そうなるのか?
その理由としては、

潜在意識が心配ごとをコマンドとして受け取り、

その心配ごとが起こるように

物事が手配され、自分でも無意識に行動してしまいやすい、

と考えられます。


以下 引用 Maurice Barbanell “Where There Is A Will”, Chapter 3: Mind and Body.  p.28.より
If worry and fear and anticipating the worst could be eradicated, more people would enjoy good health.   Anticipation is generally worse than the event itself.   Besides, it is the unexpected that nearly always happens.   And nothing is ever gained by fear and worry.

引用終わり

邦訳本は近藤千雄・訳『霊力を呼ぶ本』潮文社、p.33.


ちなみに、スピリチュアルなことですが、

私は真実だと思いますので、以下 引用します。

スピリチュアルな考えによって身体の痛みが消えるとは思いません。

しかし、「なんで自分がこんな目に遭うのか?」

という怨み、怒りを癒すためには、

その痛みや苦しみ、辛さの意味を理解することが

どうしても必要だと思っています。

エリザベス・キューブラー・ロス『死後の真実』日本教文社1995年、p.73 より

「内なる自己に触れ、恐れないことを学べばよいのです。恐れない方法の一つは、死は存在しないことを知り、この人生で起こることは全て肯定的な目的を持っているのだと知ることです。否定的な考えを全て捨て、人生を内なる資質や力量を試すチャレンジだという目で見てゆきなさい。」

引用終わり



2023/04/15

義歯と白内障の経過

歯科履歴
左上義歯の経過
2001年1月〜3月 左上顎腫の診断により抗がん剤治療、放射線治療14回以上
      左上顎骨摘出術左頸部郭清術、気管切開術
      歯茎と567番の歯を取る、眼窩下にチタンメッシュ
      (大学病院耳鼻科にて、20096月まで通院)
      義歯1(大学病院歯科にて、2008年まで通院、
       ほおの内側に神経が無いので
       こすれて傷ついたり炎症を起こさないよう義歯補正)
20096月 義歯2(一般歯科医院にて、この義歯は今は使っていない)
20109月 左上4番目の歯が抜ける
201010月 義歯3(一般歯科医院にて、今使っている元型)
2015717日 左上のぐらぐらしていた3番目の犬歯を抜き
       義歯3に仮の歯を付ける
2015731日 義歯3補修(一般歯科医院にて、今使っているもの)

今診てもらっている歯科医院にはこういう義歯の患者は
私の他にはいないそうです。
歯科医からは、
義歯の上顎洞に入る部分をもう少し大きくすると、
話すときに息などの漏れが少なくなり、
左ほおのへこみもなくなるので
右ほおと左右対称になるだろう、と言われています。
そこで、義歯専門の部門がある大学病院への紹介状を書いてもらって、
義歯を作り直そうかと考えているところです。
ただ、その大学病院へは車で片道1時間半かかるので、
行くにしても大変です。

眼科履歴
放射線治療の影響により、
53歳で左目の視野全体が白くかすんで見えるようになり
白内障と診断され、いろいろの検査をして手術を受けました。
左のほおに放射線を当てたので、左の目に早く影響が出たようです。
その4年後に右目も白内障になりました。
20075月左白内障手術
20118月右白内障手術
20233視力は両方とも1.5

その他
2001年6月 いぼ痔
2001年10月 帯状疱疹
2002年、2008年 大腸ポリープ切除



はじめまして

私は、2001年3月に上顎腫 (maxillary tumor) の診断により
左上顎骨の摘出手術を受けました(当時47歳)。
当時は今のようにインターネットを介した情報入手も
ままならず、書籍での情報入手も限られ、
大変不安な日々を送っておりました。
あれから22年を経て、69歳になった私の現在の状況を
今さら書く意味があるかどうか迷いましたが、
闘病後もこうやって元気に生活している人間が
ここにいることを知っていただくことが、
同じ病で苦しんでおられる方の参考になるかもしれないし、
また、もし私の思い違いがあればご指摘いただきたいと思い、
このブログを始めることにしました。

日本では毎年七百人ほどが上顎腫と診断されているようです。
(日本頭頸部外科学会ホームページ: 

他の身体の部位のがんに比べて人数は少ないですが、
だからこそ同病者の情報は貴重で、
このブログが少しでもお役に立てばよいと思います。
このブログを読んでくださる方は、
病に負けない強い意志をお持ちです。
闘病中の方々の一日も早いご快復を
心からお祈りします。

上顎腫についてのWeb情報は
いろいろありますが、たとえば
(一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会:
(がん研有明病院:

これから不定期に随時書いていきますので、
よろしくお願いします。

自己紹介
2001年1月に左の上顎腫(上顎洞がん)と診断され、
抗がん剤治療、放射線治療と、
3月に上顎と周辺の摘出手術、
左首のリンパ節とその周辺の筋肉の摘出手術を受けました。

(左上顎骨摘出術、左頸部郭清術、気管切開術

 歯茎と5、6、7番の歯を取る、眼窩下にチタンメッシュ)


ですから、左のほお骨と上あごの骨と
上の歯が三分の一ほどありません。
そこで顎義歯という、上顎の空洞をふさぐ義歯を使っています。
この義歯も最初に作ったものから数えて三代目となります。
左目の下側に眼球を支える骨がないので、
代わりにチタンのメッシュが入っています。

手術するまでの経過を簡単に書きますと:
前年の11月ごろから、
風邪でもないのに鼻水が止まらず、
近くの耳鼻科医院で鼻の洗浄などを続けておりましたが、
一向に良くならず、12月になると
左の頬が腫れぼったくなりました。
かかっていた耳鼻科医がレントゲン写真を撮って、
不審な影があるので早めに大学病院で精密検査を受けるようにと、
指示を受けました。
年が明けてから大学病院で検査を受けると、
一刻も早く入院して治療するよう言われました。

毎年この時期になると、
長い入院と闘病生活のことを思い出します。
正直言って死にたいと思ったこともあります。
なぜこういう病気になったのかを考えると、
きっと天来の啓示として、
病を以て「そういう心の態度と生活態度を改めろ」と
警戒警報を下されたのでしょう。
当時の私は家族と共に新任地へ転勤したばかりで
仕事内容も変わり、しかも前任地からずっと仕事が超ハードで、
心身ともに不健康な生活をしていました。
入院中、人一倍頑張ってきたのに、
なんで自分だけがこんな目に遭わねばならないのかと
悔しい思いでいっぱいでした。

私の場合、2年以内に75%の確率で再発すると
執刀医から言われましたが、
幸いにもその後再発せずに現在に至っています。

毎日、エネマシリンジを使って、
お湯500ml に食塩小さじ1杯弱を溶かした
生理食塩水で上顎洞や鼻を洗っています。
鼻を洗わないでおくと、
義歯と上顎洞との隙間に
粘液が固まってかさぶたのように硬い塊になって、
そうなると指などではがしたときに粘膜から出血したりします。
そういうときには、食塩水でよくふやかしてから、
指でそうっとかさぶたをはがすようにしています。

-----以下は、2025年3月27日追記-----
第7稿にも書いたとおり、私の経験を、5 years に投稿しました。
5 years には上顎洞がんを経験された方の投稿が多数ありますので、
参考になると思います。
なお、私の5 years 投稿の自己紹介文に、
上記の自己紹介の文章をほぼそのまま使っております。
ご了承ください。
-----追記終わり-----





新しい顎義歯が出来ました

  2026年4月3日 隣県の大学病院歯科の顎顔面補綴専門の先生に作っていただいた顎義歯が出来あがりました。バネがきっちりしていて、口に入れてもらった後で自分で外す時に要領が分からず、いっぺんにバネを外そうとして上顎の歯全体がタガを締められたようになり、痛い思いをしました。一番奥...